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あの日の記憶

今年もまたあの日が近づいてきました。TVでは毎日のように特集が組まれ、否が応でもあの日の記憶が、波のように押し寄せてきます。圧倒的な大自然の驚異の前に、人の力がいかに無力であるか目の前に突き付けられる映像でもあります。私自身被害を受けたわけでもありませんが、あの日の記憶は鮮明に覚えています。無意識のうちに、忘れられない日になっているのでしょうね。みなさんは、あの日どう過ごされました?

5年前の3月11日、私は地下鉄日比谷線に乗っていました。小伝馬町に差し掛かったあたりで、電車が激しい揺れに襲われ一時停車しました。あっ地震だ!しかも相当大きいと直感的に思いましたが、誰も慌てることなく席で車掌の指示を待っていました。やがて、電車は当駅どまりとアナウンスがあり、外に出ると人々が車道に出て騒いでいます。ビルのガラスが割れて落ちるので歩道に寄るな!と叫んでいる人がいます。私はノウテンキなことに事の重大さに気付かず、電車も動いていないし時間をつぶすかと近所の中華料理屋に入り、ビールを飲み始めました。その店のTVに映っていた光景は、今までに経験のしたことのないすさまじいものでした。慌てて家族に連絡を取ろうと思いましたが、電話が通じません。結局、不謹慎なことですが、2時間もビールを飲みながらTVに見入っていました。家に帰るとしたら歩くしかないか、とネットで地図を調べ、重い腰を上げて外に出ると帰宅難民と呼ばれた人々が郊外に向かってぞろぞろ列を作って歩いています。見たことのない不思議な光景でしたね。それにしても、かなりの数の人がヘルメットをかぶっています。よくこんなに会社はヘルメットを用意しているもんだなと変なことに感心したことを覚えています。

夜中にようやく家に帰ると、玄関に迎えに来るはずのネコがいません。どこも開いていないので、必ずどこかにいるはずなのにと思いながら、押し入れの中でカタカタ震えているネコを発見するのに30分以上かかりました。それから、息子とも連絡が取れ、娘も2時間ほどして帰ってきました。実際ひどい被害にあった人たちと比べようがありませんが、私たち家族の3月11日はこうして終わりました。

あの混乱のさなか、いち早く営業を取りやめ、店の前にテーブルを出して、帰宅難民に無償でちゃんこをふるまったちゃんこ屋さんがありました。両国駅前の『霧島』です。心がけがしっかりしているところは、いざというとき違うなと思いましたね。お疲れ様ですと声をかけながら、従業員がちゃんこをふるまう姿はある意味感動的でした。この光景も、多分あの日の記憶とともにずっと忘れられない気がします。

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